「夢の欠片だけでも掴んでいたかった」 歌を諦めた男が“声優”になるまでの青春ストーリー
雪が降っていた。
白一色に染まるホームに佇み僕はただ雪を見ていた。
「中原君、君はこういう風な歌い方は、やらない方がいいよ」
僕は、雪に濡れ、毀れかけたギターのソフトケースを抱えながら、立ち尽くしていた。
未来が、白銀の世界に塗りこめられていくようだ。
「これからどうすれば…」
電車の入線を告げるアナウンスが流れる中、雪は激しさを増していた。
僕は自分の往くべき道を見失いかけていたのだ…
珈琲館はライブハウスではなくただの喫茶店だったので、本当に様々なお客さんがいた。
ラストソングに良く唄っていたのは松山千春の「大空と大地の中で」。ラジオからこの曲が流れて来たのを初めて聴いた時、衝撃が全身を駆け巡った。
こんな歌があるのか! と、一気に松山千春に傾倒していったものだ。
唄い終わり、最後の挨拶をして、片付けをしている時「兄さん、良かったよ」と、千円札を胸ポケットに入れてくれた会社員の方もいた。
拍手も何もない時もあった。
客が一人もいない夜もあった。
それでも僕は、唄い続けた。雨の日も、風の日も。
その内に「あのオリジナル又唄ってくれないかな?」とリクエストも頂くようになった。
マスターのYさんが気分が乗ると唄ってくれる吉田拓郎は超絶良くて、店の誰もが何時も耳を傾け、聴き入っていた。
Yさんからは「中原、歌は、ここで唄うんだ」と、いつも左胸を軽く叩かれた。
珈琲館の1年余りは夢の出来事のように過ぎていった。
僕のライブが終わると、高校の同級生達と、何故だかは忘れてしまったが、友達Iの愛車「セリカXX(ダブルエックス)」で六本木に繰り出し朝地元に戻るという行動を繰り返していた。
同年代の優れたシンガーソングライター達とも知り合いプロとしての歌い手になりたいと強く思うようになって行った。
そんな珈琲館とも別れの日がやってきた。
何故そのような事になったのかは定かではないのだが、一つの青春が幕を下ろした事に間違いはなかった。
僕は歌で生計を立てる為に、一大決心をし、次の行動に出る。当時、雑誌「ぴあ」のはみだし記事の欄に、シンガー募集という広告が沢山出ていたのだ。
僕はその一つに連絡を掛け、その方に会う為に事務所を訪ねた。そこは普通のアパートの一室で、店で客のリクエストに応え唄うシンガーを募集していたのだ。
何度も足を運び話をし、自分という人間を分かって貰い、いよいよ、となりかけた或る日の事。
「考えたんだけど、中原君、君はこういう風な歌い方は、やらない方がいいよ」との言葉を掛けられたのだ。
「君は、もっと自由に唄うべきだよ」と。
実は、シンガーソングライターについては早くも挫折していたのだ。
応募出来る限り、オーディションを受けていたのだがどれもダメで。周りにいる連中と比べて、自分の何とレベルの低い事か。
特にギターに関しては、朝までかけてコピーをしたという仲間の話を聞いて「凄いな」と思うだけで、自分にはそこまでの熱量がなかったのだ。だから何でもいいからすがりたかったのかもしれない。
歌を諦めるという事は、夢を諦めるという事で。
そして僕は、歌に関わる事なら何でもいいと思い腹を括り、探していた矢先、「声優」というワードに到達する。
それをある晩、高校同窓生のAの車の車内で「俺、大学を中退して、声優を目指そうと思うんだ」と話していた。
Aは「中原にあってるんじゃない?俺はいいと思うな!」と背中を押してくれたのだ。
その言葉に力を貰った僕は、思い切って「アナ学」の門を叩くのだ。ただ、ただ、諦めたくなかったのだ。
夢の欠片だけでも掴んでいたかったのだ。
それから僕は運良く「主役」でこの世界にデビューを果たし、今に至る。
運が良かったと言えば。
実はアナ学を受けようと決め電話を掛けた時に「今年の受け付けは昨日で終了しましたので」と言われたのだ。
その時は分からなかったのだが、1年待った事で、僕は大きなチャンスを掴む事となった。
もし1年前にアナ学に入学していたら、僕は、声優にはなれていなかっただろう。様々な事に挑み続ける事の大切さを、僕はあの時学んでいたのかもしれない。
不思議なもので、僕は、キャラクターソングという形で、多くの皆さんの前で唄えるようになり、アーチストの聖地「武道館」でも、あの日の丸の下で、唄わせて頂くという夢のような時間も過ごさせて頂いた。
違う形で、夢は叶ったのだ。
だが、まだ夢の途中。
勝負はまだまだこれからだ!
今回も最後迄お読み頂きありがとうございました!
又次回もお引き立ての程よろしくお願いいたします!

(C)ローカルドリームプロダクション
愛用のレッツノート。知り合いのレザーアーチストにレザーカスタムをお願いした逸品。
中原茂(なかはら しげる)
(C)ローカルドリームプロダクション
1961年生まれ。鎌倉市出身。みずがめ座の0型。
「ドラゴンボール超」人造人間17号、「新機動戦士ガンダムW」トロワ・バートン、「戦国BASARA」シリーズの毛利元就、「幽遊白書」妖狐蔵馬など数々のキャラクターを担当。
吹き替えでも「ビバリーヒルズ高校白書・青春白書」ブランドン・ウォルシュや「X-MAN Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」のサイクロプス役などを担当。
ラジオ番組「yuhaku presents 中原茂の『ただ風の中で』」は毎週金曜日19時からFM JAGAで放送中(Apple Podcast、Spotifyでも配信)
Twitter:@Kotonoha_NS
事務所公式サイト:https://localdream.jp/nakahara
中原茂公式サイト:http://www.nakaharashigeru.com/index.html