収録の流れは先輩を見て学ぶ! 声優・中原茂が振り返る80年代の収録現場

 

デビュー作「魔境伝説アクロバンチ」の時、ディレクターのMさんはスタジオで、リハの前に本番さながらの稽古を僕にしたいと思っていたそうなのだが、画が出来ていなかった為、1時間前に「本読み」をして毎回本番に臨む事になった。

それを毎回続けていけば、少しづつでも上達は見込める筈であった。

ただ・・・
「アクロバンチ」は日テレで19時からのゴールデンタイムのオンエアーだった。と言う事は、5月5日に始まったこの番組は「ナイター中継」が入ると、放映が流れると言う憂き目に合う事になっていたのだ。

夏場になるに従い、オンエアーが1週飛び、2週飛び等と言う事はザラで、そのお蔭で、「せっかく良くなって来たのになぁ」と何度もディレクターに言われる事になるのだが、一歩進んでも一歩下がるという事が繰り返され、中々思うように上達していかなくなってしまったのだ。

そんな中でもMさんは辛抱強く「本読み」を続け、「中原ちゃん、今は苦しいかもしれないけど、僕は、君が2~3年でいなくなるような人だとは思ってないから頑張ろうね!」と言って僕を励まし続けて下さった。

本番前、僕は、お湯を沸かしポットに容れ、お茶の用意を整えて、皆さん一人一人に出していたのだが、これも当時は大事な仕事であった。

「あらっこの番組は主役の子が淹れてくれるの?」等と言われた事もあった。そんな時、僕の窮状を見兼ねたのであろうある先輩が「中原、お前は御茶くみはもういいから、台本だけしっかり見ていろ」「お茶は飲みたい人間が自分で淹れるから」と言って下さったのだ。

その方は、僕が余りにも緊張しているので、その緊張をほぐそうとダジャレを良く言ってくれていたのだが、僕にはそれも届かなかったようだ。

そして、画が出来ていなかったので、僕は、本番当日に(教えて頂ける事はなかったので)諸先輩がやるのを見ていて、色々な事を憶えていった。赤線・青線は、その線が出ている間に喋り終わるとか、吹き出しが出ている間に喋り終わるとか。

色は、本直しの時に伝えられた。全て見て憶えていくしかなかったのだ。

リハの始まる前の本直しで、意味の分からない用語は、そのまま書いておいて、テストの時の皆さんのやるのを見ていて、その意味を理解していった。

ある時飲み会の席で、先輩からこんな事を言われた。

「いいか中原。俺達は1円でもお金を頂いてるんだったらプロなんだからな」と。

その言葉は、その時、グジグジしていた僕に「活」を入れてくれた。今やれる自分の全てを愚直に出す事。今の自分に出来る事をやる。その言葉で、僕は確かに少しフッ切れたのかもしれない。

こんな事もあった。
同じ事務所の先輩で、高田馬場のレストランでバイトをされていたのだが、僕は時々、そこでご馳走になっていたのだ。ある日、本番が終わって、その先輩がバイトする店に向かい、席に着くと、先輩が「ちょっと待っててね」と着替えに行って戻ってきた。

その瞬間、僕は無言のまま、涙を流し始めていた。
ただただ僕は、涙を流していた。
先輩は、僕が泣き終わるまで、何も言わず待っていてくれた。

そして「何食べようか?」と何時ものように聞いてくれたのだ。
僕は何も言わなくて良かった。
先輩は全てを察してくれていたのだろう。
そんな事は、後にも先にも、その時だけだった。
当時の事を思い返してみるに、相当なプレッシャーがあったのだろう。

スタジオに入ってしまえば、もうやるしかないのだが、入る前と、出た後の精神状態は、きっと大分追い詰められていたのかもしれない。でも、そんな僕が、何とか番組を全う出来たのは、Mさんや、諸先輩方や、スタッフの皆さんのお陰に他ならない。

僕のお父さん役だった、柴田秀勝さんから、番組最終話のARが終了し、打ち上げの2次会、秀勝さんのお店「突風」で、このような言葉を頂いた。「中原、俺が言った通りだろう! お前は良くなるって! お前、凄い良くなったよ」と。

秀勝さんとはその後、「突風」に御邪魔した時にお会いしていたのだが、現場で再会したのは、何と「聖闘士星矢Ω」までなかったのだ。

僕達の仕事は、現場でしゅっちゅう会う時は会うが、全く会わなくなってしまう事も間々あるのが普通なのだ。20年・30年振りにお会いするという方も多かったりする。制作サイドは尚更だ。

富野さん、安彦さんには、本当に久しぶりにお会いしたいものだ。話が少しズレてしまったが、あのデビュー作が、その後の自分を形作って行った事は確かな事だ。

僕は幸せな出会いのお蔭でスタート地点に立てたのだ。
忘れ得ぬ現場は瞼を閉じればそこに在る。
あの時、訳の分からぬまま、僕は、跳んでいたのだ。
跳び続ける事が出来たから、きっと、次へと繋がって行ったのだろう。
とにかく「魔境伝説アクロバンチ」は特別な作品だった。
大きな大きな「一歩目」だったのだ。

今回も最後迄お読み頂き、ありがとうございました。
また次回もよろしくお願いいたします!

ラジオの収録現場にて(C)ローカルドリームプロダクション

 

中原茂(なかはら しげる)

(C)ローカルドリームプロダクション

1961年生まれ。鎌倉市出身。みずがめ座の0型。
「ドラゴンボール超」人造人間17号、「新機動戦士ガンダムW」トロワ・バートン、「戦国BASARA」シリーズの毛利元就、「幽遊白書」妖狐蔵馬など数々のキャラクターを担当。
吹き替えでも「ビバリーヒルズ高校白書・青春白書」ブランドン・ウォルシュや「X-MAN Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」のサイクロプス役などを担当。
ラジオ番組「yuhaku presents 中原茂の『ただ風の中で』」は毎週金曜日19時からFM JAGAで放送中(Apple Podcast、Spotifyでも配信)

Twitter:@Kotonoha_NS
事務所公式サイト:https://localdream.jp/nakahara
中原茂公式サイト:http://www.nakaharashigeru.com/index.html

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