中原茂が振り返る“80年代の声優オーディション”! アクロバンチ主人公大抜擢の裏側とは
舞台・劇団以外に何か声優という仕事に繋がる道はないのかと探していたとき、ある募集が目に飛び込んできた。それが新劇をやっている女性の方々数人が中心になって立ち上げた「ボイスアーツ」というグループ。

愛用のボールペンとともに(C)ローカルドリームプロダクション
「ボイスアーツ」に応募した数日後。3月末にオーディションを行う旨の通知が来た。そんな折バイト先に一本の電話が。
「この度はボイスアーツへの御応募ありがとうございます。それで中原君、もしよろしければ、フィルムで新入社員役の一言なんだけど、バイトしてみませんか?」
「是非お願いします!」
「じゃあ日程や時間をお伝えしますね。スタジオは~」
実はこの時電話を頂いた方は「ボイスアーツ」の中心人物の1人なのだが、後に「キャプテン翼」の主役・大空翼でデビューを飾る事になる小粥よう子さんだった。他に今でも活躍してる方と言えば、飛田展男君、ならはしみきさん等。2人共「キャプテン翼」でデビューしている。
収録当日の模様は憶えていないのだが、終えると、スタジオの1Fにある喫茶店へ。そこには「ボイスアーツ」を生み出した女性達が。どうやら僕が一番初めに応募したらしかった。
皆さんと挨拶を交わした最後に、ボイスアーツの後ろ盾になっているという俳協のマネージャーMさんを紹介された。
暫く話させて頂いていると「そうだ! 中原君、君、オーディション受けてみない?」「えっ」急な申し出にドギマギしてしまったのだが「ハイ! お願いします!」と答えていた。
「ちょっと待ってて」とMさん。どこかに電話を掛け始めた。「中原君、急で申し訳ないんだけど、これからすぐ行って貰えないかな? 先方は待っててくれるって言うから」「ハッハイ!」「スタジオは~」と簡単な地図を書いて頂き、皆さんに「行ってきます!」と言うと「凄いねぇもうオーディションかぁ!」「受かるといいネ!」「頑張って!」等と声を掛けられた。
だがこの時、この場にいた誰もが、僕が受かる事等想像もしていなかったに違いない。なにより僕自身がそんな事を考えてもいなかったのだから・・・
「ここかぁ」スタジオへ続く階段を1歩づつ下りながら、僕は自分の鼓動がどんどん早くなって行くのを感じていた。
「おはようございます」と扉を押し開けると、3人の方がこちらを見ていた。1人は、ディレクターのMさん。1人は、ベテランのミキサーOさん。そして最後の1人は、青二のマネージャーのFさんだった。
「中原君? 待ってたよ。じゃあ早速だけど、キャラ表と原稿ね」とMさん。自分はてっきり「大草原の小さな家」のような洋画だと勝手に思っていたので、少々面食らった。
簡単な説明を受け「じゃあブースに入って」とMさん。そしてここからが、今では信じられないようなオーディションが始まったのだ。
ひと言いう度にMさんが入って来てダメだしを行い。気がついてみると、僕は1時間余り、Mさんからのディレクションを、脂汗を流しながら受け続けていた。
「中原君は今なにしてるの?」「専門学校を卒業したばかりで」「そうかぁ。じゃあこれから、沢山の映画を見たり舞台を見たりして、しっかり勉強しないとね。今日はありがとう!」
3人の方々に挨拶をし階段を上り外へ。夕陽が僕を照らしていた。深呼吸を一つ。まだまだ興奮の残滓が心と身体に残っている。
「良い経験をさせて頂いたな」「よし!明日からも頑張るぞ!」と駅への道を歩き始める。この時はまだ、再び、ここに来る事になるとは思ってもいなかった。そして「ボイスアーツ」の勉強会と同時に、自分が「声優」としての一歩を踏み出す事になるとは・・・
ここで余談を。アナ学で僕達のクラスのラスト3カ月を急遽教えて頂く事になった、大御所ディレクターのkさん。とても厳しい方だったのだが、何と「ボイスアーツ」で教えて頂けるのもkさんだったのだ。
kさんは僕達と初遭遇した授業でいきなり「これから3分間スピーチをやる。自己紹介だ!」と言って皆をどんどん前に立たせてやらせて行った。僕は「これは何かやらなければダメだ」と思い、ただの自己紹介ではなく、自分の好きなプロレスと何か掛け合わせてやってみようと考えていた。
幸い自分の番まで時間があったので救われた。とにかく無我夢中で絞り出していた。全員が終えkさんが語り出した。
「いいか。お前らは種になれ。周りから栄養分を吸ってそこから花を咲かせるような。その種になれる可能性を持った奴が2人いる」
1人は僕等より幾つか年上で3分間スピーチも知っていたYさんだったのだが、もう1人は誰だかkさんは教えてくれなかった。その答えはいずれ思いもしない所から分かる事になるのだが・・・
謝恩会の後の2次会の席で「ボイスアーツのオーディションを受ける事になりましたので、合格しましたら又よろしくお願いいたします!」「そうか。中原、俺は厳しいぞ! ついてこられない奴はどんどん振り落として行くからな。覚悟してこい!」「ハッハイ!」
この時の僕は顔面蒼白、生きた心地もしなかった。ただ、がむしゃらについて行かなければ! と思っていた事だけは確かだ。僕はあの時、確かに、何かに導かれるように歩んでいたのかもしれない・・・
あの頃は、自分が思っていたよりも何倍も早いスピードで物事が進んで行っていました。そして色んな事が同時に起こり、今なら良く分かりますが、僕は千載一遇のチャンスを掴んでいたのです。「アクロバンチ」のオーディションで僕が大抜擢されていなければ、多分その後も僕は声優にはなれていなかったんだと思います。もし運よく声優になれていたとしても、その道程は全く違った物になっていたでしょう。
書いていると、どんどんあの頃の事が憶い出されてきます。さぁこれから走り続ける日々が始まります!
皆さん。今回もお付き合い頂き誠にありがとうございました。
次回も、又、お読み頂ければ幸いです。

愛用のボールペンのアップ(クロムハーツの珍しい一品です)(C)ローカルドリームプロダクション
中原茂(なかはら しげる)

(C)ローカルドリームプロダクション
1961年生まれ。鎌倉市出身。みずがめ座の0型。
「ドラゴンボール超」人造人間17号、「新機動戦士ガンダムW」トロワ・バートン、「戦国BASARA」シリーズの毛利元就、「幽遊白書」妖狐蔵馬など数々のキャラクターを担当。
吹き替えでも「ビバリーヒルズ高校白書・青春白書」ブランドン・ウォルシュや「X-MAN Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」のサイクロプス役などを担当。
ラジオ番組「yuhaku presents 中原茂の『ただ風の中で』」は毎週金曜日19時からFM JAGAで放送中(Apple Podcast、Spotifyでも配信)
Twitter:@Kotonoha_NS
事務所公式サイト:https://localdream.jp/nakahara
中原茂公式サイト:http://www.nakaharashigeru.com/index.html